世の中には、ある時点を境にそのものへの印象が180度ひっくり返ってしまう現象がある。私にとってのそれは焼酎だった。今では焼酎を愛する人間だが、かつて私は焼酎を恐れ、焼酎に怯え、焼酎と対峙していた時代がある。
大学時代に遡る。
酒が飲める≠酒がうまい
人間というのは大人になると、ある通過儀礼を迫られる。酒が飲めるようになること。それはまるで社会への入場券のようなもので、飲めるか飲めないかが一種の能力判定の対象になる。
しかしここに致命的な勘違いが存在する。酒が飲める=酒をおいしく飲める、という方程式だ。たぶん全然違う。むしろ逆のベクトルが働いていたほうが正確かもしれない。
飲めるようになるプロセスで、人間は確実に何かを失っている。味覚か。尊厳か。脳細胞か。いや、それは後述する罰ゲーム地獄を経験した者だけが知る真実である。
かのか。それは爽やかさの仮面
あの曲だ。「かのか」だ。
今にも羽を広げて飛んでいけそうな音色。まるで若者が夏の青空の下で笑顔で乾杯している、そんな理想的な一場面を約束してくる優雅な曲調。
「風〜のように〜花のように〜♪」この曲こそが、一気飲みの合いの手として機能していた。
薄暗い居酒屋。もしくは誰かの家。圧のある先輩たちに囲まれた新入生。そして無常にも鳴り響く「かのか」。
「風〜のようにぃィィ!花のようにィィィ!」
それは背中を押すアンセムか、それとも地獄へのレクイエムか。
爽やかさはすべて幻想に変わる。
グラスに注がれた澄んだ液体。「焼酎」という名の刑罰装置だ。
ただし罰ゲームとしてのそれはぐにゃりと歪み、濁ったようにも見える。一気飲みを強要する声。それは地獄の閻魔王の笑い声に聞こえた。爽やかなCMの曲調はどこへいった。そこに広がるのは尊厳の崩壊、理性の蒸発、人間らしさの喪失。完全なる地獄絵図である。
若かりし日の私のトラウマの凄まじさたるや、もう言葉では表現できない。
いっておくが「かのか」の落ち度ではない。罪があるとすれば、それは青い顔をした先輩たちと酒という悪魔であり、そして「飲める=飲める量をコップに注ぐ」というオートマティズムな思考回路を持つ愚かな大学生文化にある。
「かのか」よ、傷つくな。君は悪くない。君はただ爽やかに歌っていただけだ。
30歳、ある日の覚醒
それから何年も経った。焼酎への恐怖心は薄れていたが、好意的な感情も育たず焼酎を筆頭に他のアルコール類も「飲む対象」というより「避ける対象」のままだった。
そんな私の人生に、とある転機が訪れる。
30歳を迎えようとしていた、ある日のことだ。
とある銘柄のIPAを飲んだ。クラフトビールだ。それまでも同じ銘柄を飲むことはあったし、嗜む程度にはアルコール類は摂取していた。だがその日は違った。喉が開いた。細胞レベルでマッチした。覚醒した。言葉にするなら、それまで気づいていなかった扉が、突如として自分の中で開くような感覚だ。
それからしばらく、私はクラフトビールの世界にどっぷり浸かることになる。銘柄を学び、いろんなパブを飲み歩いた。
私はここで初めて、本当の意味で「酒を楽しく飲む」ということを知った。
そこから徐々にウイスキーに興味を持つようにもなった。
クラフトビールとウイスキーへの傾倒は、実は焼酎・泡盛への扉を開くための修行だったのかもしれない。
真の意味での焼酎・泡盛との出会いは、その後、数年経ってからやってくる。
仕事がきっかけだった。場所は沖縄。酒造見学と地元のバーでの泡盛体験。種麹店をも訪れ、職人の手によって丁寧に育てられる麹を目にする。そして聞く琉球の歴史。沖縄という土地の、決して簡単ではなかった苦難の歴史。それらが、泡盛という一本の酒に集約されている。
そこで私はグッときてしまったのだ。
泡盛という言語
泡盛を飲むことは単なる飲酒行為ではない。それは琉球という地の、数百年もの時の流れを自分の身体を通して体験することなのだ。
蔵元での学びを経て私が理解したのは、泡盛とは「飲む量の多さ」ではなく、「飲む質の深さ」にこそ価値があるということだった。一気飲みの対象ではなく、時間をかけてゆっくりと嗜むもの。食事の傍らに置き、その時間を豊かにするもの。
大学時代、焼酎は「飲める」か「飲めない」かという二値判定で扱われていた。だがそれはあまりにも一面的だった。焼酎が本当に語りかけてくるのは、ゆっくり耳を傾ける者だけなのだ。
時間は傷を癒し、そして導く
いま焼酎を飲むとき、あの地獄のような一気飲み風景は蘇らない。むしろ焼酎という飲み物の多様性、その歴史、その製造者たちの思いが浮かんでくるようになった。
子どもの頃苦手だった野菜がある日突然おいしく感じるようになるあの経験。大人になるとその無意識の変化が、実は意識的な経験の積み重ねだったことに気づく。
焼酎との関係も同じなのだろう。地獄から覚醒へ。覚醒から琉球への到達へ。
見事にリバイバルした「かのか」。いまこの曲を聴いても、もう地獄は思い浮かばない。ただ爽やかさだけが残る。
そして今、九州沖縄の風を感じながらこれらの液体を飲むとき、あの爽やかな曲調さえどこか亜熱帯の空気に溶けていくような感覚がある。
それもまた一つの成長の証なのかもしれない。
※本記事内で文脈によって「焼酎」と「泡盛」が混在している箇所がある部分においては多めに見ていただきたい。







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